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MONTHLY CHIT CHAT
MAY 2011
DJ Calm

いや、自分で選ぶとなるとどの曲も子供みたいなもので、全然選べないんですよ(笑)。なんで、昔からファンでいてくれている友人に全部お願いしたんです。

Photo by Tsutomu Ono, inteview & text by Atsushi Yamamoto

活動15年目ということなのですが、音楽の世界に入ったきっかけをおうかがいしたいと思います。確か、大学時代はバンド活動されていたのをどこかで読んだのですが、どんなバンドだったんでしょうか。

<DJ Calm:以下C>今でいう、ミクスチャーバンドですかね。ドラム、ギター、ベース、ボーカルの4人編成で僕はギターを担当して、ダンスとロックが合体したような、当時のマンチェスターのムーヴメントの流れでダンスや、たまにラップも入ったり。ちょっと気だるい感じというか。あとは別ユニットでベーシストと一緒にアコギ持って街頭ライブやっていたこともありますね。

街頭で演奏ですか?

<C>そうです、今でこそ路上ライブは世の中に認められていますけど、20年前くらいの話だからすぐ警官とか駅員さんが来ちゃうんですよね(笑)。その頃はお金をいた だくとか、そういうのは関係なく、ただ演っているのが楽しくてやっていましたよ。


DJもその頃から並行してやられていたんですか?

<C>ちょうどバンドをやっている途中から、いわゆる‘ディスコ’じゃない、‘クラブ’の ムーヴメントが出てきて、ディスコじゃないレアグルーヴなんかをダンスミュージック としてかけるのを観て面白いなー、と思って、自分も手持ちのレコードからかける ようになっていったんですね。

その時代ですと、フランキー・ナックルズとかシカゴ周辺のアーティストが出てきた頃ですか?

<C>そう、フランキー・ナックルズも全盛の頃でしたよね。あとはやっぱり、イギリスでジャズのムーヴメントが出てきていましたからね。Talking Loud(ジャイルス・ピーターソンが9 0年代初頭にイギリスで運営していたレコード・レーベル)の前身のAcidJazzレーベルとか、あとはブートでJazz Juiceとか出して居た頃ですよね。その辺には影響を受けていると思いますね。

あの頃のイギリスは確かに、勢いがありました。ではDJとしては、もうその頃からジャンルレスで音楽をかけていたんですね。

<C>そうですね。別に「ハウスのDJになろう」とか、そんなのはなくて、ただ好きで集め ているレコードの中から音楽をかけようか、という具合で。当時はそういう自由さが 普通のことでしたからね。今は逆に、DJの選曲が細分化され過ぎている気はしますね。

バンドとDJの活動は、当時どちらがメインだったですか?

<C>バンドの方がメインでした。それで、バンドでライブをやる合間にDJで入ったりして。それでそのうち、マンスリーでDJだけのイベントをやるようになっていったんですよね。

アーティストとしてcalmさんはどちらかというと、初期の頃から今まで、一貫したアンビエント的calmサウンドが確立されているように見受けられますが、一体どのような影響を受けて音楽性が決まったんでしょう?

<C>ごく自然に、ですかね。バンドがわりと激しくドープな音楽だったんで、ギターで歪ませたりディレイ飛ばしたり、という手法をとっていましたけど、一人で打ち込みの音楽を作るとなった時には心地よいシンセの音が新鮮で。あとは、フランキー・ナックルズが一緒にやっていたエリック・カッパーというキーボーディストがいますけど、彼がつくるような美しい曲なんかを真似て作ってみたりとか(笑)。あとはイギリス、ドイツの音楽の影響ですかね。


ECM(1969年、ドイツはミュンヘンに設立された、独自の録音手法で人気の高いジャズ中心のレーベル)等、ジャズの影響はブログを拝見していてわかりました。

<C>あのへんのジャズとか、古いソウルとかは影響というよりも、自然と土台にあるもの ですね。曲作りの段階での影響というより、身体に染み込んでいるという感じです。

DJとしてはいかがでしょう?

<C>やはり、マンキューソ(デヴィット・マンキューソ:ミックスやイコライズ一切なしで、ハイエンドオーディオの機材を使って一曲一曲音楽をかけていくスタイルのパーティ”The Loft”を70年代初頭から続けている伝説的人物。ダニー・クリビットは子供の頃にこのパーティに忍び込んでダンスミュージックを学んだといわれる)が一番の師匠ですかね。DJには色々なスタイルがあって、ヒップホップなら曲のフックだけをどんどん繋いでいったり、ハウスだったら一定のラインをロングミックスしていったり。でもデヴィットとか僕がやっているスタイルは、盤に刻まれた音を極限まで良い音で再生する、つまり、アーティストがスタジオで伝えたかった音が盤になっているわけで、それをいかに忠実に再生できるか、というところにこだわっているとは言えると思います。

デヴィットさんと面識は?

<C>今まで何度かお話させていただいていますし、The Loftには遊びに行きますね。北海道のFilmore Northにはデヴィットのシステムが常設されているので、この前は そこでDJもやってきました。やはり実際にやってみるとデヴィッドの偉大さがわかる!という感じで(笑)

ご自身のレギュラーでDJされるときには Ortofon MC Windfield(オルトフォンのハイ エンドMCカートリッジ。ひとつ42万円!)等、機材にこだわっている印象がありますが こちらでのリリースパーティでも機材は持ち込む予定ですか?

<C>ここには持ち込まないと思います。ここはここ独自の良いシステムがありますからね。それに、持ち込むときはサウンドチェックだけで3時間はかけるんですが、今回はサウンドチェック等に割く時間がないので。

長いキャリアの中でようやくベスト盤を出すことになったわけですが、ブログにはこれまでベスト盤を出すことを拒んできていた、というようなことが書いてありました。それはなぜでしょう?

<C>僕の中でベスト、というのは常に最新作なんですよね。あとは天の邪鬼的な考えで、2、3年ごとにベスト盤を出すようなJポップのアーティストとは一線を引きたいなという思いもあって拒んでいたんだと思います。


なるほど。そうして今回、14年分の中から曲を選ぶのは大変そうですが、どういった基準で選ばれたんでしょう?

<C>いや、自分で選ぶとなるとどの曲も自分の子供みたいなもので、全然選べないんですよ(笑)。なんで、昔からファンでいてくれているDJ/ライターの友人に全部お願いしたんです。そういう意味で、客観的にも主観的にも選んでくれる方にお願いできたので満足していますね。

今までの作品ではボーカルをフィーチャーしたり競演が度々ありましたが、今後競演したいアーティスト、あるいはその予定などありますか?

<C>競演したい人は沢山いるんですが、今考えているのは上下の世代との競演ですかね。例えば、誰も知らない若いストリートミュージシャンと大ベテランの年齢が上のミュージシャンの方、両方と一緒にやってみたいですね。今まではどちらかというと仲間内で同世代の人が多かったので、思いっきりギャップがある若い世代と年上の世代と一緒に競演してみて何が生まれるのか、とても興味があるんですよ

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